ゆく川の流れ

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またまた、キャンプの話。
宇陀の川で遊ぶ子供達をみたり、川の流れをボ〜っと眺めていて、ふと有名な一節が頭に浮かぶ。

行く川の流れは絶えずしてもとの水にあらず…

そういや、意味知らないな〜しかも、その先知らない…汗

改めて訳を読み、

オッサン、やるな〜!と、痛く感動した〜!!(小泉風)

それより何より、

この800年前のオッサンが書いたエッセイに興味を持ち、さらに痛く感動している私自身に驚く次第。

おヒマな方、時間つぶしに、ある時代、日本の京都に生きたオッサンのエッセイ。
いかがでしょう。

日がどんどん短くなり、もうすぐ夏も終わります。

良き日を!

=引用はじめ=

方丈記 現代語訳

川の流れは途絶えることはなく、しかもそこを流れる水は同じもとの水ではない。川のよどみに浮かんでいる泡は、消えたり新しくできたりと、川にそのままの状態で長くとどまっている例はない。この世に生きている人とその人たちが住む場所も、また同じようなものである。

玉を敷いたように美しくりっぱな都の中に、棟を並べ、屋根の高さを競っている。身分の高い者も低い者も、人の住まいというものは時が進んでもなくなるというわけではないが、これは本当だろうかと思って調べてみると、昔から存在している家というのは珍しい。あるいは、去年の火事で焼けてしまい今年作った家もあれば、大きな家だったのがわかれて小さい家になっているものもある。そこに住む人も同じである。場所は変わらずに住む人は多いが、昔会った人は、2,30人の中にわずか1人2人程度である。朝に死ぬ者があれば、夕方に生まれる者がいるという世の中のさだめは、ちょうど水の泡に似ている。

私にはわからない、生まれ死にゆく人は、どこからやってきてどこに去っていくのだろうか。また、(生きている間の)仮住まいを、誰のために心を悩まして、何のために目を喜ばせようとする(そのために飾る)のかということも、またわからない。家の主と家とが、無常を争っている様子は、言うならば、アサガオと、その葉についている露と同じようなものである。露が落ちて花が残ることがある。残るとは言っても朝日がさすころには枯れてしまうが。あるいは花がしぼんでも露が消えずに残っていることもある。消えないとは言っても夕方になるまで消えないとうことはない。

=引用終わり=

出典元
方丈記『ゆく川の流れ』
by kenjiro_pf | 2015-08-22 17:23 | Scenery | Comments(0)


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